降ったり止んだり、山へ行く

2月18日(日)  57日目

 

 ずっと街なかに居たので、今日は山へ行こうと二川ダムを目指すのですが、その前に藤白神社へ。社務所のお姉さんに「鈴木さんですか?」と声を掛けられました。そう、ここは全国の鈴木姓のルーツなのです。「お時間あれば境内をご案内しますが」「まったく急いでないので是非」と案内していただくことに。熊野古道でも有名処だし、日曜なので案内人さんが常駐してるんだろうね。てことで、たっぷり1時間も勉強させていただきました。さすが案内人さん、こちらの質問に澱みなく答えてくれます。文化財の在り方も会話させてもらいました。と言うのも、ここの平安期の仏像(神仏習合だったので仏様もおられます)は、廃仏毀釈の時代に地元民が隠してたらしいのですが、その際に蓮台と光背をロストしたようなのです。ワンセット揃っていたら重文くらいには指定されて、近寄れず撮影できずになってたかも。信仰のモノなので触れられるのが文化なのか、末代まで残すのが文化なのか、決着はつかんけど。境内はクスノキが林立して居心地良し。境内に8人ほど居られて、「鈴木さーん」と呼ぶ声に3人が振り向いてましたw。かなりの数の鈴木さんがここにお詣りしてるらしい。ここから古道っぽい道になるのですが、熊野古道は嫁さんと歩くことにしているので、藤白坂のサワリだけ登ってきた。

白神社

熊野古道でも有名処

ワルそうな狛犬さん

もひとつ説明板あった

拝殿前に社務所がある。昔の熊野詣での宿泊所。

拝殿

権現堂の中に本地仏がおられました

左から、千手観音・阿弥陀如来薬師如来
礼盤に座っておられます。薬師さんは撫でられて黒光り。

こっちの仏像群は立体曼荼羅に使われてたようだ

これが御神木のクスノキ

こっちの子守神社の御神木のほうがでかい

クスノキが林立

カッコいい

少し歩くと鈴木屋敷。拝観料が要るので入らんかった😅

全国の鈴木さん集まれ〜、ってとこですね

藤白坂の方向へ行ってみます

ここから山道

説明板

ちょっと登ってみた

も少し登ってみた

海南の街が見下ろせた

 さてようやく二川ダムに向かうと、雨だよ、天気雨。このあとずっと、降ったり止んだりです。途中に立ち寄った道の駅・明恵ふるさと館で、ここで焼き鳥食ったの思い出した。残念ながら今日はボンジリが無かったのでパス。二川ダムから更に山に入ると高野山に行っちゃうので戻ります。戻る途中に岩倉神社に寄りました。

ダムへの途中に鉄道公園が

今は亡き有田川鉄道を動態保存してるようです

二川ダム。昔より桜の木が成長して見にくくなってる

ラジアルゲートが武骨

ダム湖もこの時期は渇水っぽい

岩倉神社にお立ち寄り

説明板

牙が目立つ狛犬さん

本殿

お隣りには粟生の巌と呼ばれる巨岩が

高さ25m、ここから見ると獅子にも見える。向こうの石橋が気になるな。

大田口橋っていうコンクリートローゼ橋でした、昭和32年生まれ

このトラス橋もシブいな

橋の名前は忘れた、確か昭和29年生まれだったか。サビサビです。

 

 湯浅に降りてきて、観光駐車場にクルマを停めて醤油の町をお散歩です。いつも重伝建地区しか行かないので、今日は駅の方もウロついてみました。夕方になったのでそろそろ飯でも。ところが日曜の夕方は食事処がほぼクローズです。開いてた店を探して、湯浅なのでしらす丼定食を。って、しらす丼よりも、うどんの出汁がメチャ美味なのです。この出汁でしらす丼を食べました(白ごはんだったらもっと美味かったかもw)。

醤油の町・湯浅に来ました

とりあえずは甚風呂っていう資料館へ

昔の公衆浴場ですが、ちょっとした民俗資料館になってます

男湯

女湯

昔の道具がいろいろと

飾ってあります

琴柱人形?

今日は醤油の匂いはあまりしません

町なかをぶらぶらと

散策します

あちこちでお雛様展示をしていました

キレイに着飾った子がいたので展示のモデルさんかと思ったら、
写真撮ってたお母さんが「うちの子です」と。なので顔出し不可w

旧湯浅駅はリニューアルされてカフェに

1838年(天保9年)の道標ですが、その頃にはもう👉マークがあったのね

深専寺の山門の横には

地震津波心得の碑があった

そりゃ海に逃げちゃダメです、地面が揺れても山に逃げること

ウロついてたら夕方になりました

嫁さんから「たまには食レポせい」って言われたのでw

 さて風呂です。観光駐車場から徒歩3分で銭湯があります。もう今日はここで入浴して観光駐車場泊まりですね。昨夜に続いて銭湯体制だな。宝栄湯、200円と安い。湯上がりサロンみたいなのもあって、地元住民の憩いの場のようです。

宝栄湯。子どもが沢山くる風呂は良い風呂だと思います。